2012.9.24(月) みやしん廃業

ちょっと長いが全文引用。
なお、H坂さん情報では、別会社のほうは継続するとのこと。

http://blog.okudaprint.com/2012-09/miyashin

みやしんの廃業について思うこと 『いいものを作ることと儲かることはそもそも違う』について:ゆるゆるnotes

昨日の繊研新聞にみやしん廃業について載っていた。
http://instagram.com/p/Pth5lAjPat/ (リンク借りました)

太田さんもブログにて取り上げている。
太田伸之の「売場に学ぼう」|Vol.629 みやしん廃業に思う
http://plaza.rakuten.co.jp/tribeca512/diary/201209180000/?scid=we_blg_tw01

みやしんの廃業について僕が思うことが何かと言えば
メイドインジャパンだ、いい物作りをしろと言うが、
いいものをつくれば儲かるというのは、少なからず嘘だということについてだ。

こんなこと言っていいのか分からないけれど、
宮本英治はその活躍とは違い、八王子の機屋さんと呼ばれる人が良い車を乗りまわしているのと違って、非常に生活は地味だった。昔からそうだ。
みやしんは八王子でもずば抜けていい仕事をしてきたし、時代の空気に取り残されない姿勢で物作りを行っていた。
みやしんが生み出してきた布を見たことがあればその事実に触れているはずだ。
その柔軟なアイデアから生まれたアーカイブは明らかに圧倒的だ。
そう言うクオリティの仕事が出来る工場は日本全国を探したってほんの一握りに限られている。
だからこそ、小さな会社に過ぎない、この規模の工場なんて日々なくなって言っているにも関わらず、
それはある種のショックを秘めているのだ。

僕は小さい頃から、父親によくみやしんに連れて行って貰ったし、宮本さんもよくうちの工場に顔を出してくれていた。
とにかく自分がその姿勢から学ぶことは多かった。
多くが時代に取り残されて行ったのが実際の中、常にいま社会に必要な物作りの姿勢を貫いていたと思う。
それでも、常に、生き残るために厳しい環境の中で戦っていた。
日本のテキスタイル界全体に残してきた功績はとにかく大きい。
その時代のよい物作りがなんなのかを読み取る力、その仕事の質、それが今回の廃業によって貶められることはない。
太田さんはみやしんの廃業はメードインジャパン衰退の象徴だというけれど、
僕にとっては一時代の終わりを感じずにはいられない。

今回のことに対して、ニーズがないからだ、結局いい仕事をしていなかったからだというゆるめなアパレル勤務の方のつぶやきを見かけたが本当に馬鹿げていると思う。
事情が、そんな単純で簡単な事なら、誰も苦労しない。
むしろ、そういう世間知らずの上から目線の人が問題なんだという話なんだ。
というかむしろ、八王子の機屋の99%はなくなっているに等しい。その中で、必要とされ続けてきたことの意味がどういうことか分かっていない。
そもそも廃業であって、倒産ではないということも言っておく。
継ぐために入っていた息子くんもめっちゃ才能のある男だった。

いい物づくりが儲かるということに繋がる訳ではない。
いや、むしろ儲からない。
儲けたいなら、安く手に入れて高く売ればいい。
儲けたければ、工賃数百円のために何倍の手間を掛けることはない。
儲けとは別に、いい物づくりは社会にとって必ず必要な物だと、そうでなければ行けないと言う、物作りを誠実に行うからこそ、見えていた世界があると思う。
時代の劇的な変化の中で、みやしんという会社は布作りに奉仕し続けてきたのだ。
繊研新聞には、長い付き合いのアパレルメーカーの若い担当者からの唐突な連絡「1メートル当たり2000円もする宮本さんの生地は使えませんから」が廃業を決意するきっかけだったと書かれているけれど、そんな失礼な言葉なんてこの仕事をやっていると本当に良くあることだ。おそらくその言葉はいままでのことに対するきっかけに過ぎないと思う。
そんな扱いなら、誠実に物作りに取り組んできた以上、この場を立ち去るという判断以外ありえない。
その事実はとても重い。
その若い担当者1人の問題だと思うなら大きな勘違いだ。もしそれがきっかけに過ぎず、今までがあったなら、そう言うことではないだろう。
物作りに携わる人間として、大切にしなければならないことがある。
それでなければ、物を作るセンスがないに等しいと思う。

もう僕らはみやしんが生み出す布を手にすることが二度と出来ない。
そういうクリエショーンを守ることが出来なかった。
そしてそれはいまも至る所で続いている。
それはその価値を知っていた人、それを惜しいと思う人、それぞれの罪なんだと思う。
本人が罪なことなんてあるもんか、いままでずっと戦い続けてきたんだ。
自分たちが真摯に育ててきたものを手放すことに、涙を流さない人間がいる訳がないだろう。

いいものづくりをすれば儲かるは絶対に嘘である。
それだけは言っておかなければいけない。
いまそれがどうなのかは知らない。
しかしいままではずっとそうだった。
ただそれでも、いい物作りをすることの恩恵を受けている人がいったい誰かと言うことだ。

昨日あげられたブログに南さんが書かれているが、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120914/236812/?P=2
売れるかどうかの絶対的な力は安さに依存する。

昔、とても良い仕事をする縫製屋さんと話していて、当時の僕には意味の分からなかったことがある。
いい仕事をしようとしたところはみんな潰れた。
いま生き残っているのは、たいがい当時、安く多くの仕事をしていたところだ。
実際あの地域にそれが多く残っているのはそういうことだと。

ある時代、周りのプリント屋さんで儲けていたところはどこか。
一番儲かったのはとにかく質より、安く早くを追求した工場だ。
他より少し安く、後はスピード重視で1日何百反と仕上げる。
それが一番儲かった。
職人気質でバカ正直にとにかく綺麗に仕事をしようが、お金儲けという意味では正解ではなかった。

宮本さんが珍しく顔を出してくれて、話した。
まあ珍しいなと思ったら、やめるって話だった。そのためにわざわざ顔を出してくれた。
その中でぼそっと、あの頃素直にネクタイのプリントやっていれば儲かったのに、いろいろ関わらせたから親父には損させたよな。という話だった。
某有名ブランドの仕事だとかなんとかさんざんやったけど、その手の仕事はとにかく赤字だったと親からさんざん聞いている。
10年前でさえ高くてめんどくさい仕事より、1枚100円のTシャツのプリントをたくさんやった方が儲かった。(今はもうTシャツの仕事なんて厳しいけど)
さらにずっと昔のその当時も同じ。別に物作りについて日本のトップのいくつかのブランドをやったからって儲からない。むしろ逆なんだ。大変なんだから。
ただ、その時変なことばかりやったから、父親には多方面で特殊なことに対する知識が育ったはずだ。
何かひとつではなくて、いろいろなことを論理的に知っていて活用できる。
それが特殊なことだと、いろいろな人と関わる中でよく分かった。
大概の工場は自分のやること以外を知らないことが多い。
父親もまた、物作りに対して愚直な人だった。物作りを純粋に楽しむ人だった。だから彼は誰よりも、特殊で柔軟な知識を持っていた。その代わり、お金儲けはとってもへたくそな人だったけど。
ただ、それがいまの自分にとって役立っていることは間違いない。
お金儲けなら、不正解だけれど、よい物を生み出すという意味ではそれは正解だ。
だから、自分はいまも続けることが出来ている。
そもそも続けていること自体、お金儲けという意味では不正解だ。
それが目的なら、もう僕もすぐにこの仕事はやめる。やめた方が儲かる。
でも、僕が育ったこの世界、物作りに対して、誠実にいたいと思うなら、それはやはり不正解だ。

そもそも、お金が儲かる仕事だけしてればいいなんて考えは、食い荒らす考えに似ていると思う。
森に砂漠を作るなんて簡単なことなんだ。とにかく食い荒らせばいいんだもの。

僕が子供の頃から知っている風景がまたひとつ減ることを悲しく思う。
積み上げてきた技術がそれで終わってしまう。
物作りに携わる人間にとってこれほどに悲しいことはない。
子供の頃、親に待たされ続けて、みやしんのサンプル置き場の窓から見ていた景色をいまも忘れない。

まるで戦場で次々に兵士が死んでいく様だ。
いま、周りの工場が次々にやめていく。
僕がいまこうして仕事をしているのはきっと少しだけ運がよいだけにすぎない。
もともとはこのあたりでは一番大きかったプリント工場で、一度潰れた後、うちに入っていた工場も実はいままさにやめる。
その方にも僕は沢山のことを教えて貰った。
貴重な先輩達が教えてくれた貴重な知恵によって、僕のいまのすべてがある。
技術も思想も全て、先人が示してくれた物だ。

その話より、ずっと前に宮本さんは、どこも義理も人情もないところばかりになったと嘆いていた。
僕は今、それが仕事になろうがなんだろうが、意地でも、義理も人情もない人とは絶対に仕事をしないと決めている。
運良くそれが言える状況に僕はある。本当にこれは運だ。
父親はずっとそうしてきたし、ミントしかり、彼がこの工場に残したのは、義理や人情に本当に厚い人達だ。僕は今確かに恵まれた環境にいる。本当に自分は何もしていないのに明らかに守られている。
感謝を忘れないでいたい。
人と人との関係の中で物を生み出していけるこの環境を。
心のない人となんか、何も作りたくないもん。
間違いで溢れているからこそ、愚かさで溢れているからこそ、これが物作りの正解だって、示すために。その一片として、何かに関われたら幸せだと思う。その幸せのためにやっている。
それに相応しい自分を育てなくてはいけない。

親父が死ぬとき、不覚にも僕は約束してしまった。
あなたがいままでやってきたことは絶対に無駄にはしないと。
続けるって、約束してしまった。

別れ際、最近顔出してくれないと、怒ったら、
宮本さんは、これ済んだら暇になるから、いつでもお茶飲みに来れると笑った。
今から楽しみに、急須にお茶っぱをいつもより多めに入れておこうと思う。
父親にとって宮本さんは大切な大切な盟友だった。
宮本さんもちょうど定年ってなもんだ。
きっと何も無駄にはならない。
これ以上バカみたいに苦労して、老けちまうんじゃもったいない。
というか、暇にはなるとは思えない。明らかに、必要としている人がたくさんいるもの。
きっとだから、何も終わっていない。

経済としては衰退していくかも知れない。
まだまだ廃業は続くと思う。
でも、少なからず僕は、その中で、だからこそ、僕の身の回りの物作りを前進するために続けている。
何も、絶対に無駄にしたくない。
僕の尊敬する先人達がそうであった様に、大志を見失わない生き方に憧れる。ずっとまだまだだけど。
後退じゃない、前進だよ。

必要だと思ってくれる人がいる限りは続けていく。
でも、きっと僕も、もう必要ないとなったら、やめるんだろうなとも思う。
そりゃそうだ。

ただはっきりしていることは、みやしんのクリエーションは唯一無二で今後も誰にも真似は出来ないだろうなという、事実についてだ。

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つづいて上の方のリンク先
http://plaza.rakuten.co.jp/tribeca512/diary/201209180000/?scid=we_blg_tw01
から、

さて、今朝の繊研新聞2面に「みやしん廃業 物作りに厳しさ」の記事。数ヶ月前、八王子のみやしん宮本英治社長からメールで廃業のお知らせがきましたが、正式に発表されるとやはりショックですね。記事には、「長い付き合いのアパレルメーカーの若い担当者からの唐突な連絡」が廃業を決意するきっかけだったとありますが、この解説に胸が痛みます。「1メートル当たり2000円もする宮本さんの生地は使えませんから」と電話した担当者が私の知り合いでないことを祈ります。

 名古屋に近い尾州産地もそうですが、生地メーカーに融資する金融機関は、本業で赤字経営するより広大な敷地を売却するかマンション建設を勧めたがります。都心部に近い工場の敷地は不動産価値が高いので仕方ないことでしょう。でも、先祖代々続けてきた織物製造業を自分の代で廃業したくない、と何人かの経営者は歯を食いしばってモノを作っていますが、供給先のアパレルメーカーやデザイナーブランドから評価されないとなると、心が折れてしまいます。記事から察するに、恐らく宮本社長もそうだったのでしょう。

 北陸合繊産地でもよく言われました。「海外は評価してくれるのになぜ日本は評価してくれないのか」。日本のメーカーは「布の価値を云々する前にすぐ値段の話になる」とも。世界のラグジュアリーブランドに高密度素材を供給する織物メーカーの社長は、「韓国の一般アパレルメーカーが大量に使ってくれるのに、どうして日本は使ってくれないんだろう」と嘆いていました。日本はコストカットを素材から入る、つまり素材の質を落としてコスト削減を考えるからだと思います。欧米のトップブランドは素材の質を落とさず、生産工程全体の中でコスト削減をプランする傾向にあります。

 産地に同行したバイヤーたちにも何度も言いました。良い素材を使うなら、生地をたくさん使わないデザインを考案するなり、過度に丁寧な縫製仕様はやめる、無駄な付属は省くなりしてコストカットを図れ、数百円、数十円の生地値の違いなら絶対に素材の質で妥協するな、と。

 前職であるプロジェクトを立ち上げる際、最初の高密度コート地は私が第一織物で選びました。値段は決して安くありません。そこで、企画担当に「生地をたくさん使わないデザインを考案してくれ」、生産担当には「従来わが社がお願いしている縫製工場は使わず、独自に生産ルートを探してくれ」と命じました。既存の縫製工場はコレクションブランドを手がける腕の良いところ、この新規プロジェクトにはここまでのクオリティは求めないからです。つまり生地はコレクションブランド並み、仕様は標準的レベルで十分、価格はコレクションコートの半分、実際に出来映えの良いコートが安く上がりました。

 前回のジャパン・デニムでも同じような話があります。どん底から完全復活した米国のSPA企業、社長命令で「素材の質は落とすな」、デニムは日本製を使用しています。この名物社長がかつて経営再建した米国を代表するSPA企業、最近ほとんど話題になりませんし店頭でも魅力を感じなくなりましたが、こちらは現経営陣の方針なのかほとんど日本製デニムを使用していません。コスト削減から、中国生産の安いデニムを主に使っています。前者は米国視察するたび商品そのものやVMD、ウインドー表現に感心させられますが、後者は近年「視察不要リスト」に私は入れています。経営者が替わるとこうも方針が違うのかと思いますが、後者の元気のなさは素材のチープさにあると思います。

 今春ギンザ・ファッションウイークで取り上げたデニムも、今秋の尾州の毛織物も、来春予定している北陸合繊も、中国製に比べたら割高ですが、中国製では得られないクオリティがあります。世界の冠たるブランドがメードインジャパンの織物やニットを使用するのは、このクオリティが欠かせないからです。しかしながら、日本国内では近年安易に安い中国製に走る傾向にあり、産地は疲弊しています。他社にはマネのできな特別な生地を作ってきたみやしんの廃業はメードインジャパン衰退の象徴です。技術を持った織物メーカーが1社でも多く仕事が続けられるよう、日本のアパレル、ブランド企業は素材以外の部分でコスト削減する工夫を研究すべきと思いますし、我々百貨店はメードインジャパンを側面から支援する企画をもっとたくさん立てねばと思います。

 来春の合繊の次も、そのまた次のシーズンも、メードインジャパンをお客様に訴求する企画を三越銀座店と一緒に考案したいです。
by ktsu0011 | 2012-09-24 10:44 | 知人情報


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